2009年に出版された本を今更引っ張り出して読み直している。9年近く前の本を引っ張り出して読むなんて時代遅れなことをしていると思いつつである。

読み直してみると堀江貴文さんと西村博之さんが語り合っている話を眺めていると「おお!!」と思うことがしきりにある。37歳と32歳ぐらい2人の成功者の価値観・考え方が面白く僕がどれだけ世間の常識に縛られているのか気づく。

この後、堀江さんは2011年頃に収監されるのだけど・・・

読んでいて一番の気づきはこの2人、9年たっても考えや価値観が変わってないということだろう。2人の最近の本でもこの本と同じような内容が書かれているのを見ると「あぁぁ、変わらないなこの2人」と思うのだ。

人によってはこの2人は成長のない人たちだと思うのかもしれないが、世の中が変わっていないので2人の考えを変える必要がないのかもしれない。

 

消費税についての話の中で世の中の消費税が5%になったときに僕は自動販売機のジュースの値段が100円から120円になったとき、仕方がないよね。消費税が上がるとジュースの値段もあるがるだろうから120円になる致し方なし。

こんなふうに考えたのだけれども、堀江さんは飲料メーカーが5%だとキリが悪いから10%、20%に値上げしてしまうということに文句を言わないのかと言っている。

こんな単純なことも読んで気づいた。

コンビニも自動販売機の値段も5%の消費税アップで20円とか上げすぎではないか?

消費税が上がるんだ。ジュースの値段も120円もやもなしだよね。と思考停止していたことに気づく。

5%になっても自動販売機は110円や100円のジュースを変わらずに販売していたし、探せば消費税が8%になった今でも100円の自動販売機はある。

消費税が上がる ⇒ ジュース120円仕方ないよね
消費税が上がる ⇒ ジュース120円 ⇒ 5%しか上がってないのにおかしいよね。

考える力がある人は”おかしいよね”となるはずなのだが、世の中の変化が目の前に見えていても全体を見ていないから気づけないことを気づかされる。

終身雇用について、2009年頃ならまだIT業界以外の業界では終身雇用で働けると思っている人がまだいたのではないだろうか。

今では10年以上がたつと今では40%近くが派遣社員で終身雇用なんて存在しないと考える人のほうが増えたんじゃないだろうか。

2人は終身雇用が社会で保障された期間は5年から10年で昭和一桁世代以外は実際に20代から60代まで働いた人は少なく、多くの人は早期退職やリストラでやめた人たちで終身雇用は幻想だったと語っている。

僕が社会に出たとき、両親は普通に働いていた首にはならないから会社に入って真面目に働きないさいと言っていたことを覚えているが普通に会社で働いていたらリーマンショックである。

首にならないと思っていたら驚きの出来事だった。

考えれば無職になる可能性は世の中にいくらでもあることに気づくチャンスはあった。過去を見ればバブルの終わりにリストラにあった人は山ほどいたはずで、真面目に働いていたらずっと働けるといっている両親はリストラにならない職であることに気づいた。

これも考えればわかることだった。このときも深く考えずに表面だけを考えて行動していた。過去にバブルで終身雇用で働けなくなった人は山のようにいることぐらいは分かるはずなのに深く考えていないから全然世の中が見えていなかった。

堀江さんと博之さんは頭がいいのこともあるのだろうけれども、普通の人ならいい給料の仕事が見つかった。よしここで頑張ろう。と思ってそこで考えるのをやめてしまう。

しかし、堀江さんは家庭教師のバイトでいい給料を貰っても身に付くモノがないからやめてしまう。時給の安いコンピュータの仕事を見つける。仕事ができるようになる。もっと時給いい会社へ移籍してしまう。

普通の人はいい給料ならそこで仕事を続けるだろうし、仕事が出来るようになればその会社で頑張ろうと考える、今でこそ転職をしてキャリアアップだなんだと話をする人がいるけれどもだ、実際にそう考える人は少数派である。

堀江さんのように出来るから会社を作るという人は一握りである。

1つの事から1つの答えが出たら考えるのを止めるのではなく出てきた答えからさらに考えを広げて行動することが重要なのであり、行動しなければなにも始まらない。

普通の人は会社の起業がリスクと考えるけれど、実際に考えたことがないのではないだろうか。本当に会社の起業がリスクがあるのか?起業するとどんな問題が起こるのかは考えず、イメージで思ったらそこで思考が停止してしまっている。

2人と僕の何が違うのか、僕に論理的な考え方が足りないということが解ってくる。本の中で2人の意見が対立するすることはなく考え方が違うように見えて結論は似たようなことを話している。

彼らが同じような考えを出すのは思考の組み立て、つまり論理的に考える力なのである。

そんな似たような結論をだす堀江貴文さんと西村博之さんにも違うもの当たり前ながらもある。

堀江さんはロマンチストで西村さんはリアリストだとおもう。

 

本書の172ページ 教育の目的
西村さん
上の人たちが命令したことを速やかに実行する部隊を作ること

堀江さん
人類をよりよくするための大人をつくること

堀江さんは教育とはどうあるべきか目指すべき教育の在り方という理想論を語る。

西村さんは今の教育制度の話、リアルの話をしている。

明治以降、教育というものが工場労働者を作るためのシステムとして出る杭打って同じような人々を作るという教育のシステムの回答をしている西村さん

子供たちが受けるべき教育について語っている堀江さん

2人の話のところどころにこういった違いがあって面白い話となってるのは本を読んでよかったと思うのである。

本の内容は9年たってもいい内容ばかりで

P54 ニートも金持ちも幸せの総量は変わらない
P238 お金は信用を数値化したもの
P243 お金があってもできないこと、信用があればできること

上記の内容はこの本を初めて読んだ時には納得が出来なかったことだが、今頃になってやっと納得がいくようになった。

20代だったことはお金があれば幸せになれるだから仕事を頑張ろう。残業をしてお金を稼ごうと必至になって働いていた。

今考えるとあんなに必死になって働くよりも早く仕事を終えて自分のためにやれることがあったことに気づくようになる。

仕事して、帰って寝て、起きて仕事のサイクルでお金を必至に稼げばお金がたまって幸せだけれども、早く仕事を切り上げて帰って趣味に時間を使っても十分に幸せ今はなれている。

お金が信用と同じものという考えも時間がたった今なら少しわかるようにって来てきたのである。

たとえば隣の家の畑で仕事をしているおばあさんと世間話を何度かしているうちに野菜を貰えるようになる。

もちろん、野菜が欲しければお金を出せば買うこともできる。

この場合は
信用 ⇒ 野菜
お金 ⇒ 野菜

お金で野菜を買うのも信用で野菜を貰うのも同じように僕の手元には野菜が手に入る。同じ事なのだと思う。

信用で野菜を貰うとその後も定期的に野菜を貰えるようになったりする。お金だったら自分から動かないと手に入らないものが向こうからレタスが出来たから食べてよと持ってきて来る。

お金では簡単にできないことも信用を作ると簡単にできることなんじゃないだろうか。

本の目次の内容は
第1章 格差社会
第2章 政治・裁判・税金
第3章 メディア
第4章 教育
第5章 IT
第6章 食とオンナとオシャレとお金

9年たつと世の中色々なことが変化していると思っていたのだけれども、目立った変化があったのは第5章のITだけでITの内容を削ってこの本を再出版してもそれほど違和感のない本として扱われると思うのだ。