一昔前まで、インターネットで得られる情報は断片的だといわれていました。
検索すれば疑問への答えは見つかあるが、一つのテーマを基礎から理解するには、複数のページを読み比較し整理、場合によっては情報の真偽の確認も必要だったりしました。
本では著者が必要な情報を選択して、一定の順序に並べています。最初から読み進めることで、そのテーマの全体像をつかむことができるようになっています。
インターネットが情報の海なら、本は順路に沿って見て回れる水族館のようなものでした。
AIが情報を整理する役割を担い始めた
しかし、現代では生成AIが一般化したことで、インターネットと本の関係は変わり始めました。
AIに質問すれば、複数の情報をまとめ、要点を整理し、初心者にもわかりやすい言葉で説明してくれます。
時系列に並べる、複数の説を比較する、難しい言葉を言い換えるといった作業も可能です。
かつて本の強みだった「情報が整理されていること」は、AIでもある程度代替できるようになりました。
もちろんAIの説明が常に正しいとは限りません。存在しない情報を作ったり、重要な前提を省いたり、信頼性の低い情報をもとに回答したりする可能性があります。
では、本が絶対に正しいかといえばそうではありません。
専門家が書いた本は正確である可能性が高いですが、内容が古い場合や、学会では違う意見があったりと、すべての事実を独自に調べているとは限らない。
本かAIかで判断するのではなく、誰が書いたのか、何を根拠にしているのかを見る必要があります。
AI時代に残る本の価値
AIが情報を整理してくれるなら、本は不要になるのか。
本には、単に情報を得るだけではない価値があります。
一冊を通して読むと、著者が何を重要だと考え、どの事例を選び、どの順番で読者を説得しようとしているのかが見えてきます。
著者の主張だけでなく、その人の問題意識や価値観、考え方の癖まで追うことができます。
AIは、多くの情報を平均化し、わかりやすい答えにまとめます。
便利である反面、特定の人間が長い時間をかけて作り上げた思想や、強いこだわりは薄まりやすくなります。
本を読むことは、情報を受け取るだけではありません。一人の人間の思考を、最初から最後までたどることができます。
本は著者の哲学があり、海外からの翻訳本では多い印象があります。
本だから記憶に残るわけではない
検索した情報は記憶に残らず、本は記憶に残るという説明も正確ではありません。
本を流し読みするだけなら、内容の多くは忘れます。AIの回答を眺めるだけでも、同じように記憶には残りません。
重要なのは、読んだあとに内容を思い出すことです。
自分の言葉で説明する、要点を三つに絞る、疑問を作る、翌日に見ずに思い出す。こうした作業を行うことで、情報は記憶に定着していきます。
AIも、復習問題を作らせたり、自分の説明を採点させたりすれば、記憶を助ける道具になります。
本だから覚えられるのではなく、どれだけ能動的に考えたかによって記憶への残り方は変わるのです。
読書の役割は変わりつつある
かつて読書は、まとまった知識を得るための効率的な方法でした。
AI時代には、テーマの全体像を短時間で知るだけなら、AIのほうが便利な場合もあります。
それでも、本が不要になったわけではありません。
AIで全体像をつかみ、本で著者の思考を深く追い、重要な事実は元の資料で確かめる。
これからの読書では、本とAIのどちらが優れているかを考える必要はありません。
それぞれの長所と弱点を理解し、目的に応じて使い分けることが重要になります。
AIが答えを整理してくれる時代だからこそ、一人の著者の考えを時間をかけて追い、自分の考えとぶつける読書の価値が、以前より明確になったといえるでしょう。


