結論から言います。
この本は「一回で分からなくてOK」な短編集です。

『かっこいいスキヤキ』は、読んで「は?」となってからがスタート。
分からない。でも気になる。
で、読み返すと「そういうことか」と笑いが増える。

これは「一度で分からない」のが欠点じゃなく、
知識や文脈を思い出しながら読み返すことで完成する笑いです。

知識がある人ほど楽しい。
でも知識ゼロでも、落差だけでちゃんと笑わせてくる。
この本は、そういう短編集です。

あと、地味に強い事実がもうひとつ。
この作品、連続ドラマ化までされています。
「夜行」だけじゃなく、世界観そのものが“映像向き”なんですよ。

新装版 かっこいいスキヤキ 表紙

かっこいいスキヤキ

  • 著者:泉昌之(久住昌之×泉晴紀)
  • 初出:1983年(青林堂)
  • 出版:扶桑社文庫
  • ジャンル:コメディ・短編集

まず刺さるのが「夜行」:駅弁だけで旅が崩壊していく

短編の中でも「夜行」は別格で、人気がある。
短編ドラマ化もされてるくらいで、正直うなずける。題材が強い。

やってることはシンプル。
電車の中で幕の内の駅弁を食べる。ただそれだけ。
なのに読んでるこっちはやたら緊張してくる。

なぜか。
主人公が“駅弁をどう食べるか”に命をかけてるから。

  • 食べる順番を組み立てる
  • おかずとご飯の比率を崩したくない
  • 最後まで気持ちよく着地したい

駅弁って、そういうゲーム性あるよね……って、こっちまで思わされる。

かっこいいスキヤキ 夜行 P14

かっこいいスキヤキ 夜行 P14

小さなミスが致命傷になる

ところが、いきなり難題が来る。
ソースなのか醤油なのか分からない付属調味料。
しかも置かれてる場所が絶妙に“微妙”で、「これ、どのおかず用なんだ?」って悩まされる。
ここで一回、計画が揺れる。

さらに追い打ち。
期待していた鯖の塩焼きが、思った以上にご飯を食う。
ご飯が減る。比率が崩れる。
「え、ここでそんなに持っていく?」っていう裏切り。

それでも主人公は粘る。
残りのおかずで帳尻を合わせようとする。
もう少しで食べきれる、いいタイミングで終われる――

そう思った瞬間に来る、最大の地雷。
楽しみにしていたカツの中身が、玉ねぎ。

……それは違うじゃん。
旅先での駅弁、そこで気持ちよく締めたいのに、最後に玉ねぎは、テンションが落ちる。落ちるというか、崩れる。

で、ここからがさらに嫌なところ。
「ああ、もう少し我慢してたら釜めしを食べられたのに」って後悔が出てくる。
旅の楽しみが“駅弁の小さなミス”で静かに崩壊していく。

しかも結論が切ない。
「そもそも、どこででも買える弁当を買うべきじゃなかった」

旅って、こういう“小さい判断ミス”が致命傷になるんだよな……という、笑えるのに妙に刺さる終わり方。
この話の怖さ(=面白さ)は、派手な事件が一切起きないこと。
ただ駅弁を食べてるだけで旅が壊れていく。
この“静かな破滅”をここまで面白くできるの、やっぱり異常です。

1983年、若い二人が出した“ごった煮”が強い

1983年、久住昌之×泉晴紀のコンビ「泉昌之」が一冊の漫画を出した。
ガロで発表された「夜行」や「最後の晩餐」など、いろんな話が詰まった短編集。

グルメっぽいのもあれば、ギャグもある。
ウルトラマン、サンダーバード、プロレス……パロディも入ってくる。

一度読んだだけじゃ拾いきれない。
知識や文脈を思い出しながら読み返すタイプの笑いが、ここにある。

冒頭たった5ページで、もう“ズレ”を決めに来る

漫画を開いて最初のたった5ページ。
トレンチコートに中折れ帽の、いかにもハードボイルドな男が出てくる。

で、この男が何をしてるかというと――
ただ晩飯に食べた焼肉を思い出して、心を巡らせてるだけ。

今の時代だと、こうなる。
ハードボイルドってなに?
焼肉を思い出してるだけで、どこが面白いの?

普通に分からない。
「意味不明な漫画が面白いわけない」って思うのも正常だと思う。
でもここで一度、“言葉の意味”を思い返すと視点が変わる。

ハードボイルドの定義を知ると、男が一気に滑稽になる

ハードボイルドって、ざっくり言えば
感傷に流されない/冷酷/強靭/妥協しない、みたいな強い性格のこと。

なのにこの男、クールにキメた顔のまま、
ニヤニヤしながら焼肉を思い出してる。

ハードボイルドの“かっこよさ”が、1ミリもない。
それが面白い。

1コマ目、ライターでタバコに火をつける姿はカッコいい。
でも頭の中は焼肉。
この落差で、こっちはニヤニヤしてしまう。

追い打ちの「ライス(巨大)」がズルい

そしてラストに出てくるのが、ライス(巨大)。
これ、他の人には見えてない。
男の頭の中だけに現れる“ライス(巨大)”だ。

つまり男の本音はこう。
「焼肉のとき、白米もっと食べたかった…」

ここも細かいけど効いてる。
ライスだけでいいのに、わざわざ「巨大」って付ける。
普通盛りや大盛りじゃ足りない。もっとドカンと食べたかった。
その未練が「巨大」に詰まってる。

引きずってるのは、出来事じゃなくて“気持ち”のほう

焼肉を食べ終えて、タバコ吸いながら帰ってるのに、
男はまだ焼肉を背負ったまま。

仏教説話の「もう下ろしたのに、まだ抱えてるのか?」みたいに、
焼肉は終わってるのに心だけまだ焼肉とライスを抱えてる。
この“引きずり”が可笑しい。

目次(ざっくり内容つき)

  • 夜行:駅弁の“配分ミス”だけで旅が静かに崩壊していく。笑えるのに刺さる名編。
  • 花粉:「ハードボイルド×花粉」で、カッコつけが崩壊する。
  • スーパーウルトラジャイアントキングG:ウルトラマンをネタに、誰もが思う疑問を突く。
  • ARM JOE:民話「ジョン・ヘンリー」を下敷きにした落差のネタ。
  • 最後の晩餐:焼肉か、すき焼きか。回想が長い奇作。
  • POSE:冷戦とバブルの空気が混ざった、口だけ人間の笑い。
  • THE APARTMENT HOUSE vol.1 MIDNIGHT DANCING 4 1/2:ケムール人を知ってるかどうかで刺さり方が変わる。
  • vol.2 蚊が来る:共感だけで押し切る。刺される描写が妙に痛い。
  • vol.3 大形平次捕物帳:時代設定が混ざりすぎてカオス。
  • vol.4 ゴージャスの人:ネット以前の「通販で金持ちごっこ」ネタ。今読むと刺さり方が分かれる。
  • vol.5 だってアトミックLOVE:恋は見たいものだけ見せる。
  • ウルトラLOVE:少女漫画っぽい構成もあるけど、最後が強い。

まとめ:入口は「夜行」、ハマるのは読み返し

最初に「夜行」で刺して、
「この本、ただの変なギャグじゃないぞ」と分からせる。
そこから短編集全体の“知識で笑う感じ”につなげる。

しかも、連続ドラマ化までされてる。
「分かる人には刺さりすぎる変さ」が、ちゃんと作品の強みになってるってことだと思う。

最初は分からなくていい。
でも、気になって読み返したくなる。
そういう漫画が一番強い。『かっこいいスキヤキ』はそのタイプです。