1983年、若い二人の漫画家がコンビで1冊の漫画を出した。雑誌ガロで蜂デビューした作品「夜行」や「最後の晩餐」など世にもテレビ番組「奇妙な物語」でもドラマ化した作品が収録された『かっこいいスキヤキ』は様々な話が詰められた短編集。グルメ漫画にギャグ漫画あり、ウルトラマンにサンダーバードやプロレスといったパロディ、1度読んだだけでは理解しきれない知識を求める笑いがここにある。

かっこいいスキヤキ

どんな漫画が載っているかを漫画を簡単に批評しよう。

漫画を開いて最初のたった5ページで描かれている漫画は、トレンチコートに中折れ帽をかぶったハードボイルドな男がただ晩飯に食べた焼肉を思い出しつつ心を巡らせるだけの内容だ。

今の時代だと、ハードボイルドとはなにか。
ただ晩飯の焼肉を思い出しているだけで何が面白いのか。

普通にわからない。

そんな意味の分からない漫画が面白いわけがないと聞くだけでは思ってしまう。それは正常な判断である。それでもたった5ぺージに面白さを作り出すのが漫画でもあるのだ。

まずはハードボイルドの言葉の意味を思い返してみよう。

ハードボイルドとは『感傷や恐怖などの感情に流されない、冷酷非情、精神的・肉体的に強靭、妥協しないなどの人間の性格』であることを理解すると違う視点が見えてくる。

クールにカッコつけている男がニヤニヤしながらさっき食べた焼肉を思い返しているその姿にハードボイルドというカッコよさは一切存在しない。

1コマ目でライターでタバコに火をつけ、カッコよくきめている姿とその頭の中で考えていることの落差によって生まれる可笑しさからはニヤニヤした気持ち生まれる。

そしてラストのライス(巨大)が現れる。

ライス(巨大)は他の人たちには見えていない。これは男の頭の中だけ現れたものだからだ。焼肉を食べるときには白いご飯が最高に合うと考えていたところにライス(巨大)が現れた。

男はこう思ったはずだ焼肉を食べたときにライスをもっと食べたかったと。

ライスをもう少し食べたかったのならライスだけでよいところをわざわざ『ライス(巨大)』とセリフが付いている。普通に考えれば必要がないのに巨大という文字を入れていることは意味あるということだ。

漫画は実写と違い作者のよってすべてを管理して描かれる。コマ数、構図、セリフ、キャラクターの向きを作者の思うところに描いている。そうなれば「巨大」とわざわざつけたのはライスを普通か大盛りで頼んでいたがさらに多い量を頼んで食べたかったことが読み取れてくる。

そして食事を終え、ゆっくりタバコを吸いつつ帰っているハードボイルドの男がいまだ焼肉に対しての気持ちを持ち続けているという可笑しさを掘り下げると、

仏教の説法に修行の旅をしている2人の僧が川を渡れずに困っている女性を見て、1人は仏教の教えとして女性に触れることを拒み、もう1人の僧は女性を抱えて川を渡ってしまう。
女性と別れてから時がたった後、女性に触れることを拒んだ僧が女性を抱きかかえた僧に対して、仏教の修行をしている者として女性に触れるのはいかがなものかと問うと、その僧に対して女性は川を渡ったところで別れたがお前はいまだに女性を抱えたままなのかと言葉を返す。

このハードボイルドの男は女性への思いをいつまでも引きずっていた僧と同じでいつまでも焼肉の事を背負い、ライスへの未練を持ったままになっていることの面白さがある。

目次までのたった5ぺージにも語るべきことは山のようにある。そんな短編が長い作品では20ページ以上の作品も収録された漫画だ。

   

【タイトル】かっこいいスキヤキ
【著者】泉昌之
※久住昌之と泉晴紀の2人からなる漫画家コンビ

【発売】1983年
【出版】青林堂/扶桑社文庫

【目次】

■夜行
ただ電車の中で弁当を食べるだけの話なのだけど、読み込むことでかなり味のあることが分かる。ハードボイルドな外見のは主人公が実に複雑な思考を巡らせながら弁当を食べる。

■花粉
『ハードボイルド×花粉』にすると何が問題か。どうカッコつけている男をどう茶化すか。そのネタに1980年代に社会問題化してきた花粉症を使ってシリアスな女との関係と内面の鼻づまりの差によっておかしさを作り出している。


■スーパーウルトラジャイアントキングG
ウルトラマンをネタに誰もが思う疑問をネタにしている。

■ARM JOE
アメリカの民話「ジョン・ヘンリー」をネタにしているアーム・ジョー。彼が自らの肉体のみでチェンソーと木を切る速度を競いそして亡くなることへの胸の高鳴りを感じている子供に「ああ無情」のレ・ミゼラブルの本を進めるという落差は教養をネタにしている雑誌に色。

■最後の晩餐
焼肉屋の前でハードボイルドの男がなぜ焼肉がよいのかすき焼きではだめなのかを回想している。この漫画の中でもっともページが使われている奇作。

■POSE
バブル真っただ中の空気と世界の冷戦の空気が混ざり合い、多少のインテリなら一度は考えたことがあるけど行動に起こさない口だけなこと笑いにしている。

■THE APARTMENT HOUSE vol.1 MIDNIGHT DANCING 4 1/2
ウルトラマンに出てくるケムール人を知っていること、シリアスからエアロビという極端な変化の面白さ

■THE APARTMENT HOUSE vol.2 蚊が来る
わかるわかるという共感のみ。蚊に刺されるというのも一人暮らしや寮生活の大学生には確実に共感があったはず。それと1ページ目の手のひらを刺されて肉が削げるまで手のひらの表現はスゴイ


■THE APARTMENT HOUSE vol.3 大形平次捕物帳
漫画の中でネタが連続していること、時代設定のごちゃ混ぜ感、そしてウルトラマンと盛り込みすぎな感じがする。銭を取るときのコマ割りはセンスだと思う。


■THE APARTMENT HOUSE vol.4 ゴージャスの人
今のようにインターネットがない状態で雑誌で探した金持ちが持っていそうなアイテムを雑誌の裏の通販でそろえたという話でそれをひたすら買っている男の4畳半の生活が面白いと思うのだけど、生まれてからインタ―ネットがある人にはわからない笑いだと思うのだけどこれ笑えるのだろうか。。


■THE APARTMENT HOUSE vol.5 だってアトミックLOVE
恋の魔力といえばいいのか。人は見たいものだけを見る。


■ウルトラLOVE
コマ割りなど意外と少女漫画を意識はされて構成されていたりするけどやっぱり最後の2ページに集約されている。


■耳堀り
耳かきに快楽と幸せをみる。ただわかるといいたい。耳かきの話は自分も一度は考えたことがあるけど漫画になるとシュール。


■プロレスの鬼
プロレスのブーム全盛期といってもよい時代、誰もが理解でき、そこに面白さを感じることができた。
テレビでプロレスを見ているお父さんたちが心の中で思っていても行動しなかったことを実際に行動したら・・・


■プロレスの鬼②
ネタとしてはプロレスラーのカマラと大仁田厚との対戦をもじったネタなのかわからない。深読みし過ぎでただウルトラマンをいじりたかっただけかもしれないが。


■プロレスの鬼③④⑤⑥
面白いとは思うのだけどなぜ面白いのかがわからん。


■パチンコ
ハードボイルドがパチンコという話がネタではなく、パチンコという謎の賭け事とはということが笑いのネタであり、交換できる玉数に大当したときの騒動、どこまでが本当でどこまでが嘘か。今読むと昔だったらあったかもと多少思ってしまうのは時代かな。


■ズミラマ館
4コマ

■すももたろう
桃から生まれたら桃太郎、すももから生まれたらすももたろう。それよりも爺さんの下ネタがやりたかったんだろうなと思うほど連発している。

■あとがき座談会その1 泉vs久住vsみうらじゅん

■あとがき座談会その2 泉vs久住vsワカ

■解説・Puffy 吉村由美