「諸星大二郎の漫画は、読むと不思議な夢を見たような気分になる」

1970年代に描かれたSF短編集『失楽園』は、まさにそんな一冊です。
表題作はダンテの『神曲』をモチーフにした壮大なファンタジーですが、それ以外にも「機械と生物が融合する都市」や「異星での奇妙な男女関係」など、諸星大二郎らしい不穏で、どこか艶めかしいSF作品が詰まっています。

今回は、時代を超えて読み継がれるこの名作短編集の魅力を、収録作品ごとにご紹介します。

諸星大二郎の漫画『失楽園』失楽園 地獄篇 天堂篇 アダムの肋骨 貞操号の遭難 生物都市 詔命
諸星大二郎の漫画『失楽園』失楽園 地獄篇 天堂篇 アダムの肋骨 貞操号の遭難 生物都市 詔命

『失楽園』の読みどころ

  • 神話×SFの融合:ダンテ『神曲』や聖書をモチーフにした壮大な世界観
  • 奇妙な「男女」の関係:異星生物や植物との交配を通して描かれるエロス
  • 伝説のデビュー作:手塚治虫が絶賛した『生物都市』を収録

出版社を超えて集められた傑作群

本書は、「マンガ少年」「週刊少年ジャンプ」「プレイコミック」など、掲載誌の垣根を超えて1970年代の作品をまとめた短編集です。

全体を貫くのは、「文明の崩壊」と「異質なものとの融合」
神話的なモチーフを使いながらも、描かれているテーマは現代社会への風刺や、人間の根源的な恐怖であり、今読んでも全く古さを感じさせません。

収録作品と感想(ネタバレあり)

各短編のあらすじと見どころをまとめました。
タップすると詳細が開きます。

▼ 失楽園 地獄篇・天堂篇(クリックで展開)

あらすじ
文明が滅び、荒野と沼だけになった世界。
人々は細々と生きているが、そこに「幸福の沼」から来たという男が現れ、愛を説く。
しかし人々は彼をペテン師とののしり殺してしまう。
少年ダンは、大クモに殺された少女ララを想いながら、幸福の沼を探して荒野へ旅立ち、「レーテの町」へとたどり着くが……。

感想・解説
ダンテの『神曲』をベースにした作品。
「幸福の沼から来た男」は明らかにイエス・キリストのパロディであり、彼が人々に殺される展開も聖書をなぞっています。
「天堂篇」に出てくる門には地獄の門のパロディが書かれているなど、教養があればあるほどニヤリとできる仕掛けが満載です。
楽園とは何か?という問いに対する、諸星大二郎の冷徹な答えが描かれています。

【主な登場人物】
ララ:大グモに襲われた女の子
ダン:主人公の男の子
サライ:子供がよみがえった母親
:幸福の沼から来たという謎の人物
リーチャ:ララに似た女性

▼ アダムの肋骨・男たちの風景・貞操号の遭難

アダムの肋骨
不時着した星にいたのは、胴体が「自分の知っている女の顔」に見える鳥(ハーピー)。
異形の生物に「女」を感じてしまう男たちの狂気を描く。

【登場人物】
ハーピー:胴体が女の顔に見える鳥
ウェート:ハーピーに興味を持たれ昔の女を思い出す男
博士:ハーピーにタイプライターを打たせる

男たちの風景
惑星マクベシアで働く鉱脈ボーリング技師の物語。
この星には「美しい女」「老いた夫」「美しい若者」の3種類しかいない。
男は結婚すると急速に老化し、性格も歪んでいくという、結婚制度への強烈な皮肉とも取れるSF。

【登場人物】
技師:惑星マクベシアで鉱脈を探す
メンマ:技師が過ちで寝た女
メンマの旦那:くたびれた老人
バーテンダー:サイボーグ化している

貞操号の遭難
男性が無気力化した未来。女性だけの宇宙船「貞操号」は、優秀な男性種を求めて宇宙へ。
たどり着いたのは、植物的な進化をした男たちが住む星だった。
「種」としての男女の役割を問い直すような、奇妙な生態系SF。

【登場人物】
ケイ:長髪で意志の強い女性
リサ:植物のような男を調査しに行く
植物のような男:催眠術で女たちにタネを運ばせる

▼ 生物都市(伝説のデビュー作)

あらすじ
木星の衛星イオから帰還した宇宙船。
しかし乗員は船と融合し、機械と生物が混じり合った存在となっていた。
その「感染」は金属を通して地球の都市へと広がり、人も建物もすべてが溶け合い、一つの巨大な「生物」へと変貌していく……。

解説
第7回手塚治虫賞受賞作。
機械文明の行き着く先として「機械と生物の融合」を描いた、諸星大二郎の原点にして頂点とも言える作品。
『AKIRA』の大友克洋や『エヴァンゲリオン』の庵野秀明など、後のクリエイターたちに多大な影響を与えたと言われています。

【主な登場人物】
広明:宇宙船を見に行く男の子
おじいちゃん:神経痛で老いを嘆いている
高木教授:宇宙船の中まで行き真相を聞く
博士:顕微鏡と溶け合う
イオの住民:機械と生物が1つの生命としてとけあっている

▼ 詔命・マンハッタンの黒船

詔命(しょうめい)
「地震予防課」という謎の部署に異動になった男。
左目が疼くようになり、生活がランクアップしていく中で、彼はある「神事(人身御供)」に巻き込まれていく。
日常が徐々に異界に侵食されていく、諸星大二郎お得意の民俗学ホラー。

【登場人物】
贄田生男:地震予防課に勤務変更となる
山田安貴子:贄田と関係を持った女性
老人:郷土史を調べている

マンハッタンの黒船
もしも歴史が逆だったら?
鎖国しているアメリカに、日本の原子力艦「佐助花丸」が開国を迫りにやってくる。
ペリー来航の立場を逆転させた歴史パロディ。


【登場人物】
リオ・サカモド:テキサスの脱州者
緑井提督:佐助花丸艦長
張津根四郎:全権大使兼総領事
永大大統領:アメリカ国民の精神エネルギーの集合体

まとめ:70年代SFの「熱」と「毒」を浴びる

『失楽園』に収録された作品群は、どれも「ハッピーエンド」とは言い難いかもしれません。
しかし、読み終わった後に残る、ざらりとした感触や、世界の常識がひっくり返るような感覚は、諸星作品でしか味わえない体験です。

特に『生物都市』の圧倒的なビジュアルイメージは必見。
SF好き、伝奇好きなら、教養として本棚に置いておきたい一冊です。