「ラヴクラフト傑作集『魔犬』」表紙

 

 

ラヴクラフトが作り出した狂気の神話体系を作り出した原作をもとに田辺剛さんが描く3つの作品。どの作品も多方向から狂気へのアプローチをしている。一見読むと物語としての楽しさと細密に描かれた小道具や背景からは物語以外にもこの作品からにじみ出てくる何かが存在する。そのなにかをこの漫画は確かに描いている。

【目次】

『 神殿 』
『 魔犬 』
『 名もなき都 』


『 神殿 』

【 ストーリー 】

1917年、ドイツが無制限潜水艦作戦を開始した半年間の出来事、世界は第一次世界大戦真っ只中である。ドイツのUボートと呼ばれる潜水艦が輸送船を撃破する任務中。海面へと浮上した潜水艦にイギリス人の遺体が引っかかる。遺体が持っていた象牙細工を手に入れてから事態は急変していく。
潜水中の海の中で死体を率いるイギリス人の幻を見る者たちが現れ、エンジンが故障して浮上もできなくなる中で、また一人また一人と精神が衰弱していく。弱気になる船員たちが降伏を口にするようになり、艦長によって処分される。
艦長と副艦長だけになった潜水艦は浮上することもできずにただ海の波に流され沈んでいく。沈んだその先で高度な古代人の遺跡を見つける。


面白いのは潜水艦という閉鎖空間から生まれる不安や恐れといった心の変化なのか本当に象牙細工から発せられる狂気による心の動きなのか一切が明かされていない。船員を駆り立てた恐怖と海底で見つける遺跡とのつながりを匂わせているがそのことを明確にせずに絵だけで見事に描いている。
潜水艦野中の出来事と海底の神殿に繋がりがないようで繋がりがあることを言葉ではなく絵だけで想像させるところが面白い。

『 魔犬 』

【 ストーリー 】
芸術にも学問にも退屈していた二人の若者はオカルトに傾倒して冒涜的な行為に熱中していた。その行為と墓荒らしであり、その行為を繰り返し白骨化した遺体を屋敷に飾るほどの熱の入れようだった。
そんな彼らはイギリスからオランダに遠征して5世紀前の泥棒の墓を暴くことを計画する。
打ち捨てられた墓地で見つけた墓から見つかったのは500年前とは思えないまだ白骨化していない遺体とその横に魔除けと思われる首飾りを見つける。翡翠で出来た獣の姿をした羽の生えた怪物の像を戦利品に凱旋をするのだが1週間しないうちに屋敷に異変が起こるようになる。
それから家の周り木には巨大な爪痕、クマよりも巨大な足跡のこんせきがのこされる。そしてついに1人は殺され、原因が魔除けが原因である事に気づき、オランダに向かうのだが。


世の中を斜めに見ている若者2人が求めていたオカルト的現象に遭遇して手も足も出ない状況であり、開いてはいけない扉を開いてしまった若者の末路が描かれているが、物語はこれから大事になるという序章といってもいい内容。
原作がここまでなので仕方がないが、これからあの怪物はどうなったのかなど妄想が絶えない。


『 名もなき都 』

【 ストーリー 】

アラビアの砂漠の中、現地の部族が近寄らない紀元前31世紀以前よりも前から廃都となっている遺跡の調査をする。
人が立つにはあまりにも狭い天井を這うようにして奥へ奥へと進み、遺跡が住居ではなく神殿であることがわかる。そんな中を松明も消えるほどの長い時間を進んだ先で初検するのは無数の棺だった。地底奥深くなのに不思議と光がありその謎の棺は木材で出ており、蓋である上部はガラスで出来ている。
天井には見事な絵が描かれ、この地に住んでいた先住種族の文化や歴史、宗教が描かれている。その絵からは先住種族の憎悪と敵対心は人類に向けられていることに気づくだけの情報が描かれており、彼らが死してなお、人への憎悪を夜の闇に紛れて振りまいていることを知るのだった。

人類とは別の先住民族の人類への憎悪と彼らが築いた文明の一端としての天井画からは彼らに宗教が存在しており、人類よりも何歩も先の文明を気づきながらも滅んだ理由を考えてしまう。
天井画の元ネタが人が人にしているものになる絵があるのだが、加害者側を謎の先住種族に変えるだけでこれほど業が深いものだとは。


どの話も物語の狂気を違う角度からのアプローチであり、人物以上に背景の細かな情報から生まれてくる恐怖がある。何が怖いとかは言葉にしづらいが、怖気立つ何かがここには描かれている。