石原洋子さんの『卵100レシピ』を読んでまず感じたのは、これは単なる卵料理のレシピ集ではないということ。

もちろん本の内容そのものは、卵だけで100のレシピが紹介された実用的な料理本。しかし、全体の構成やレシピの並び方を見ていくと、そこには「卵料理をたくさん紹介する」以上の意図があるように思える。この本は、卵を使った料理を教える本であると同時に、料理をする人そのものを増やそうとしている本でもある。そんな印象を強く受けました。最初の数ページでは、卵の栄養やサイズ、色の違い、賞味期限といった基礎知識が簡潔にまとめられている。さらに、殻の割り方や溶きほぐし方といった、ごく初歩的な作業についても写真付きで説明されていて、この時点でかなり親切です。正直なところ、卵の溶き方まで必要なのかと思わなくもありませんが、それでもこうした内容をわずか2ページで要点だけ押さえているのはうまい作りだと感じる。

そして本題の卵料理に入るのですが、ここで少し意外なことが起こります。

なぜ最初が目玉焼きではなく卵焼きなのか?

卵料理の本なら、最初に来るのは目玉焼きか、ゆで卵だと思っていました。どちらも単純で、料理初心者向けの代表格のような存在だから。
ところが、この本で最初に大きく扱われるのは卵焼き。

しかも、その項目の書き出しは「卵焼き完全マスター!」。かなり強い言い方です。
卵焼きは2,3回やれば簡単にできるが見た目以上に奥深い料理、一度や二度で完璧に作れるものではありません。実際、本の中でも、一朝一夕ではうまくならず、何度も練習が必要な料理として扱われています。

では、なぜそんな料理を最初に持ってきたのか。
ここに、この本の考え方がよく表れているように思える。

卵焼きは、繰り返すとうまくなる料理だから

卵焼きの良さは、何度か作るだけで上達が目に見えてわかる。
最初は焦げたり、崩れたり、形が整わなかったりしても、何度か繰り返すうちに少しずつきれいになっていく。焦げ目が減り、黄色が鮮やかに出て、巻き方も整ってくる。この変化はかなり実感しやすい。

つまり卵焼きは、単に「難しい料理」なのではなく、反復によって上達が可視化される料理でもあるわけだ。

料理を続けるうえで、この「自分がうまくなっている」という感覚はとても大きいと思う。
簡単に作れる料理は入り口として大事ですが、それだけでは案外、次につながらないこともある。けれど、やるたびに少しずつ仕上がりが良くなる料理には、自然ともう一度作りたくなる魅力がある。

そういう意味で、卵焼きを最初に置いたのはかなり戦略的です。
この本は、読者に「卵料理を一度作らせる」だけではなく、「また作りたくさせる」ことまで考えているのではないかと思った。

卵焼きは“沼”になりうる料理である

卵焼きの怖いところは、ある程度うまくなり始めると、さらに上を目指したくなるところ。
火加減を変えたらどうなるのか、巻くタイミングを変えたらどうなるのか、出汁を入れたらどうなるのか。少しずつ気になり始める。しかも材料が卵だけなので、比較的安く何度でも試せる。

本書には、驚くほどきれいな黄色の卵焼きの写真が載っている。あれを見ると、あのレベルが慣れると出来ると信じて目指したくなるものがある。
しかも本の説明は非常に丁寧で、手順が細かく分かれ、写真も豊富。さらに面白いのは、単に「作り方」を示すだけではなく、「コツ」を独立して示している点。これによって、失敗しにくくなるだけでなく、上達の方向まで見えやすくなっている。

料理本によっては、レシピだけ載せて終わりのものもあるが、しかしこの本は違っていて、読者を上達させるための本として作られている感じが強い。だからこそ、卵焼きは単なる最初のレシピではなく、「この本の考え方を象徴する料理」になっているのだと思う。

目玉焼きやゆで卵が最初ではないことにも意味がある

この本ではゆで卵も、もちろん紹介されている。
ただ、内容を見ていくと、「味たま」以外は揚げたり、ソースにしたり、サラダに和えたりと、どちらかといえば脇役として活躍するレシピが多い印象でした。ゆで卵そのものが主役というより、ほかの料理を支える役割が大きい。

そう考えると、たしかに簡単に作れるがゆで卵を本の最初に置くのは少し弱いのかもしれません。
料理としての達成感や、上達の実感という点では、卵焼きほどの吸引力はない。

一方で、パート3になると、いわゆる多くの人が思い浮かべる卵料理、つまり目玉焼き、スクランブルエッグ、オムレツが並び。ここでは「おはよう卵」という見出しがついていて、朝食の定番としての親しみやすさが前面に出てる。
目玉焼きはフライパンで焼くだけですが、蓋をして弱火でふっくら仕上げる工夫も紹介されていて、単純な料理の中にもちゃんと差が出るようになっている。

さらに、スクランブルエッグからオムレツへと進む流れには、技術が少しずつ上がっていく感覚がある。見た目を整えるための技術が必要になり、その技術を使って、じゃがいもやほうれん草、トマトなどを包む料理へも発展していく。
ここでもまた、ただ料理が並んでいるのではなく、技術の階段のような構成が見えてくる。

茶碗蒸しが中盤にあるのも興味深い

個人的に少し意外だったのは、茶碗蒸しがパート4に置かれていたこと。
茶碗蒸しは、面倒そうな印象がある一方で、実際にはそこまで複雑な料理ではない。本の中でも、「面倒なことはできるだけ省いてもよい」という方向で説明されていて、むしろ思っていたより気軽に作れる料理として扱われています。

そう考えると、茶碗蒸しはもっと前にあってもよかったのではないか、という気もする。特に具なし茶碗蒸しなら、準備の手間も少なく、初心者向き。

しかもそのレシピには手順ごとの写真までついていて、かなり丁寧に説明されている。

ただ、それでも本の中盤まで持ってきたのは、おそらく「家庭で作る卵料理としての実感」がやや薄いからかもしれない。
卵焼きや目玉焼きのように、日常の中で何度も作るものではない。そういう意味では、料理習慣を作るための最初の一歩には向かないと判断されたのかもしれない。

レシピ100品ではなく、料理の練習台としての100品

後半には「ごきげん卵レシピ」として世界の卵料理が31品紹介され、さらに「卵と炭水化物」という章ではチャーハンや親子丼、うどん、パスタなど、主食に卵を組み合わせる料理が展開されていく。

ここまで来ると、この本はもはや単なる卵料理集というより、卵を通じて料理の幅を広げていく本だとわかる。
卵という扱いやすい食材を軸にして、焼く、ゆでる、蒸す、混ぜる、包む、のせるといったさまざまな技術を自然に覚えられる構成になっている。

つまりこの本の100レシピは、100品を覚えるためにあるというより、料理に慣れるための100題として並んでいるように感じる。

その出発点が卵焼きであることに、この本の設計思想が凝縮されている。

まとめ

『卵100レシピ』を読んで感じたのは、この本が「卵料理を知る本」以上に、「料理する人を増やす本」だということでした。

最初に卵焼きを置いたのは、単に人気料理だからではないはず。
繰り返すことで上達が実感でき、うまくなる楽しさを味わえ、しかも日常の中で何度でも作れる。そんな料理だからこそ、最初に据えたのでしょう。

目玉焼きやゆで卵のような単純な料理をあえて後ろに回し、まずは卵焼きで「料理の面白さ」と「上達する喜び」を教える。
そこからゆで卵、目玉焼き、スクランブルエッグ、オムレツ、茶碗蒸し、そして応用料理へと進んでいく流れには、石原洋子さんのはっきりした意志を感じる。

この本によって、作ってみたくなり、繰り返したくなり、少しずつ料理がうまくなっていく感覚を楽しませてくれる本です。

卵料理が好きな人はもちろん、ちょっと料理ができるようになった人に向いた本、もちろん目玉焼きやゆで卵のような簡単な料理も書かれてはいるので、これから料理を始めようと思っている人に使えるレシピ本。

それでも、少し料理ができるようになってから見ると違った視点でレシピ本を楽しめる。

そして何より、「料理は才能ではなく反復でうまくなるものだ」と感じさせてくれるところが、この本のいちばん面白いところかもしれません。

【補足】本書のレシピ構成と筆者の意図(まとめ)

掲載順 代表的な料理 本における役割・意図
最初 卵焼き 反復による上達の可視化。“沼”に引き込み、また料理を作らせるため。
道中 ゆで卵 主に他の料理を支える脇役。達成感の面では卵焼きより弱め。
パート3 目玉焼き
オムレツ等
朝食の定番。基礎から少しずつ技術が上がっていく「技術の階段」。
パート4 茶碗蒸し 手軽だが、日常的な「料理習慣」を作る第一歩としてはやや実感が薄いため中盤に配置。
後半 世界の卵料理
炭水化物との組み合わせ
卵を通じて料理の幅を広げる。100品覚えるためではなく、料理に慣れるための練習台。