「宮沢賢治が好きだったのは、天ぷらそばとサイダーだった」

小学5年生の時、カーラジオからそんなCMが流れてきました。

それ以来、私はサイダーをこよなく愛するようになり、お蕎麦屋さんでは「天ぷらそばとサイダー」をセットで頼むのが粋だと信じて疑いませんでした。

そんな「食」へのこだわりを持っていた宮沢賢治。

37歳で早逝した薄幸の童話作家というイメージが強い彼ですが、実は花巻農学校の教員時代、生徒や仲間たちと賑やかな食卓を囲んでいました。

そんな彼の「食」と「人間模様」を描いた漫画、『宮沢賢治の食卓』を紹介します。

本作の読みどころ

  • 聖人君子ではない、金銭感覚がズレた「人間・宮沢賢治」の魅力
  • 妹・トシへの献身的な愛と、別れが生んだ名作の裏側
  • 大正~昭和初期の「モダンな洋食」と「農民の粗食」の対比

宮沢賢治の食卓

  • 著者:魚乃目三太
  • 出版社:少年画報社
  • ジャンル:グルメ、伝記、ヒューマンドラマ
  • 出版年度:2017年

「誰かのため」の食卓

『宮沢賢治の食卓』というタイトルですが、賢治が一人で黙々とグルメを楽しむ漫画ではありません。
ここには常に「誰か」がいます。

生徒、同僚、自分のファン、そして最愛の妹・トシ。
賢治は彼らに食事を振る舞い、時には励まし、時には自分の財布が空になるまで散財します。

家で家族と落ち着いて食べる食事ではなく、外で誰かと食べる「ハレの食事」や、誰かのために作る料理が多く描かれているのが特徴です。

病魔に蝕まれ、死の数日前であっても農民の相談に乗っていたという賢治。

そんな彼の「他者への献身」や「人懐っこい人柄」が、食事のシーンを通じて見事に表現されています。

妹トシの死と『銀河鉄道の夜』の改稿

本作では、賢治の創作活動と「食」の関わりも深く描かれています。
特に印象的なのが、第五品目『樺太のほっけ』です。

最愛の妹・トシを亡くしてから半年、作品を作れなくなっていた賢治は、教え子の就職斡旋のために樺太(サハリン)へ旅立ちます。

この旅は表向きは就職活動ですが、賢治にとっては「トシの魂の行方を探す旅」でもありました。
この旅を経て、賢治は『青森挽歌』や『オホーツク挽歌』といった詩を生み出していきます。

オホーツク挽歌

「夢オチ」から「魂の対話」へ

この樺太旅行の影響は、彼の代表作『銀河鉄道の夜』にも大きな変化をもたらしたと言われています。

初期稿では、銀河鉄道の旅は「ブルカニロ博士の実験による夢だった」という結末でした。

しかし、最終形に近い第4次稿では博士の存在は消え、カムパネルラが川で行方不明になる(自己犠牲と死)エピソードが追加されます。

物語は単なる不思議な夢の旅から、ジョバンニとカムパネルラの「魂の対話と別れ」を描いた物語へと舵を切りました。

漫画では、こうした文学史的な背景も、旅先での食事や風景と共に情感たっぷりに描かれています。

宮沢賢治の食卓 銀河鉄道の夜

大正ロマンの食事情と賢治の懐事情

漫画に出てくるメニューは多彩です。

そば、ほっけ、大根めしといった日本的なものから、ハヤシライス、食パン、アイスクリームといった当時最先端の「洋食」まで。

明治維新から約50年。都市部ではモダンな洋食が楽しまれる一方、地方の農民は大根めしで飢えを凌ぐ。

そんな格差もさりげなく描写されています。

給料をもらって3日でスッカラカン?

賢治は盛岡高等農林学校を首席で入学した秀才であり、実家は裕福な質屋・古着屋でした。

教員としての給料も、当時の平均(約70円)を上回る90円前後をもらっていたと言われています。

今の感覚ならかなりの高給取りです。

しかし、彼はそのお金に無頓着でした。

レコードを買い、高価な洋食を食べ、困っている人がいれば分け与え、給料日の3日後には財布が空になっていたという逸話もあります。

結核で寝込むトシのために、当時貴重な氷を使って手作りアイスクリーム(卵黄、砂糖、牛乳)を振る舞うシーンがあります。

「雨ニモマケズ」で謳われた質素な玄米生活のイメージとは裏腹に、実家の援助や教員の給料があったからこそできた「ハイカラな食生活」と「散財」。

そんな人間臭い矛盾もまた、宮沢賢治という人物の魅力なのだと感じさせてくれます。

まとめ:食べることは、生きること

教科書で読む宮沢賢治は、どこか遠い存在の偉人に見えるかもしれません。

しかしこの漫画を読むと、彼もまた、美味しいものに目を輝かせ、大切な人のために料理をし、悩みながら生きていた一人の青年だったことが分かります。

天ぷらそばとサイダー。
その組み合わせの妙を楽しみながら、イーハトーブの風を感じてみてはいかがでしょうか。

『宮沢賢治の食卓』お品書き

  • 壱品目 鳥南蛮そば
  • 弐品目 ハヤシライス
  • 参品目 アイスクリーム
  • 四品目 サザエのつぼ焼き
  • 五品目 樺太のほっけ
  • 六品目 焼きりんご
  • 七品目 サイダーと天ぷらそば
  • 八品目 食パン
  • 九品目 弁当
  • 十品目 西洋料理と大根めし