子供の頃、入ってはいけないと言われた路地や、何に使われているか分からない不思議な建物に、胸を躍らせた記憶はありませんか?
大人になるにつれて忘れてしまった「あの頃の不思議な感性」を、強烈に思い出させてくれる漫画があります。

本作の読みどころ
- 超能力も事件も起きない、ごく普通の小学4年生の日常
- 読者の「存在しない記憶」を呼び覚ますノスタルジーの魔力
- 『クレしん オトナ帝国』や『ぼくなつ』に通じる切なさ
12月生まれの少年
- 著者:施川ユウキ
- 出版社:竹書房
- 巻数:全3巻(完結)
何の変哲もない、特別な日常
主人公は、12月生まれの少年・柊(しゅう)。
少し変わった感性を持つ両親、幼馴染の女の子・葵(あおい)、葵のイトコの桜姉ちゃんたちと過ごす日常の中で、小さなことから色々なことを考えてしまう多感な小学4年生だ。
この漫画には、超能力もなければ宇宙人も来ない。
世界の危機も訪れなければ、劇的な事件も起きない。
ただ、何の変哲もない男の子の「何気ない出来事からの想像や体験」を描いただけの4コマ漫画である。
しかし、それこそが本作の最大の魅力なのだ。
詩的で風情がある、子供の感性
柊の感性は、読者の心の奥底にあるノスタルジーと奇妙に合致する。
例えば、「旧暦は詩的で風情があるから好きだ」と言いながらも、「師走(12月)」だけは「忙しくてお坊さんも走る」という意味に興ざめしてしまったり。
あるいは、動く虹を想像して恐怖したり、家族全員が五月人形の鎧を着てみたいと思ったり。
そんな何気ない思考の断片を眺めていると、「自分も子供の頃、似たようなことを考えていた気がする」と、懐かしさがこみ上げてくるのだ。
誰もいない部屋で聞こえる物音に怯えたり、通学路から一歩外れた道の先に無限の世界を想像したり。
大人になると見過ごしてしまう「何でもないこと」に、無限の想像力で意味を与えていたあの頃の自分が、柊と重なって見えてくる。
記憶と空想が織りなすノスタルジー
全3巻の中で特に気に入っているのが、2巻の「田舎に行った少年」というエピソードだ。
僕自身、引っ越しの経験があるため、この話には強烈なノスタルジーを感じた。
小学2年生の時、新しい家の周りを自転車で走った時の、あの未知への冒険に対するドキドキ感。
知らない建物、知らない人、行ったこともない道。
今考えれば近所をぐるっと回っただけの距離も、当時はずいぶん遠くの世界に行ったように感じていた。
読んでいて、柊に共感しっぱなしだったのだが、読み終わってからふと気づく。
「冷静に考えれば、小4の僕はこんなに色々なことを考えているような子供だっただろうか?」
作者も2巻のあとがきで、「自分はもっと能天気な子供だった」と書いている。
つまり、僕たちが感じているこの懐かしさは、作者によって巧みに構成された「作られたノスタルジー」なのだ。
サラダボウルのような記憶
僕らが感じるノスタルジーは、実際の小学生時代の記憶だけでなく、中学生時代の出来事、テレビや漫画、小説から摂取した「他人の記憶」がサラダボウルのように混ざり合ったものなのだろう。
だからこそ、自分が経験したことのない内容にも懐かしさを感じ、楽しむことができる。
映画『クレヨンしんちゃん オトナ帝国の逆襲』や、ゲーム『ぼくのなつやすみ』で感じたあの感覚に近い。
自分が生きていない時代、経験していない田舎の夏休みに、なぜか涙が出るほど懐かしさを感じるあの現象だ。
『12月生まれの少年』は、ある程度の年齢を超えた大人にとって、自分の経験とフィクションが溶け合った「美しい過去」に浸らせてくれる、極上のタイムマシンのような作品である。





