生死がまだよくわからない子には、動物が母親に会いに行く話として読める絵本。
『もうじきたべられるぼく』は、淡い色合いのやさしさで、命をいただく現実を静かに置いていく。感想としては、説教ではなく「願い」の形で残るのが印象的です。
大人が読むと母の愛、子どもの気遣い、自分の夢だったりと、約20ページをうがった読み方ができます。
作品を通して命を大切にしてほしいという気持ちは伝わる作品

※購入する際は、電子書籍か実物の本かをご確認ください。
もうじきたべられるぼく
- 著者:はせがわゆうじ
- 出版社:中央公論新社
- 対象年齢:小学校低学年くらいから
親御さんへのおすすめポイント
- 説教くさくない。「生きるべき」という圧ではなく、静かに心に問いかける内容
- 絵が怖くない。淡い黄色を基調とした優しいタッチで描かれている
- 「いただきます」の本当の意味を、親子で話し合うきっかけになる
あらすじ:最後にひと目、お母さんに会いたい
少し黄色がかったあたたかな淡い色合いの絵で描かれた絵本。
成長した牛が食べられる前に母親に会いに行くお話で、電車に乗って窓から空を眺めながら、本当はなりたかった自分を思い描きます。
母親のいる牧場で懐かしさを感じながらも、「これから食べられる自分」が新しい子どもと幸せそうにしている母親に顔を見せていいのか悩み、結局そっと去っていく。そのやさしさが残ります。
感想:伝わってくる小さな願い
母に会いに行くという小さな願い、叶えたかった夢、母への気遣い、そして母の愛。さまざまな気持ちが約20ページほどの中に描かれています。
「ぼくはうしだから もうじきたべられるのだそうだ」という、なくなってしまう運命はどうしようもない。
そんな中で夢や願いは叶えることができなくても、牛が願うのは「自分を食べる人が、自分のいのちを大切にしてくれたらいいな」ということだけです。
『もうじきたべられるぼく』というタイトルから感じるように、命をいただくということに関して考えさせられる。
生物の命をいただくのだから生きるべき、といった説教でもなく、命は大切にしなければいけないという圧でもない。ただ小さな願いとして、自分のいのちを大切にしてほしいという気持ちが伝わってきます。
まとめ
小さな子どもが読めば、「なんでお母さんに会わないの?」と聞くかもしれない。「食べられる」という意味が分かる子どもが読めば、悲しいと思うかもしれない。
大人が読めば、叶えられない夢や願い、母親の愛、ノスタルジーなどの感想を抱く。少ないページ数と文字の中に、さまざまなフックが仕込まれた絵本でした。
「いただきます」が変わる一冊
この本は、決して「お肉を食べるのは可哀想だ」と言いたいわけではない。
ただ、牛の最後の願いとして、こう描かれている。
「自分を食べる人が、自分のいのちを大切にしてくれたらいいな」
このシンプルな願いこそが、子どもたちに伝えたい「いただきます」の本質ではないだろうか。
読み終わった後の食卓で、いつもより少し心を込めて手を合わせたくなる。
親子で命について語り合うための、優しい入り口となってくれる一冊です。





